image

「小川さんに、はじめに見てもらいたいものがあるんです」。岩田さんがそう言って見せたのは、アンリの創業者・蟻田尚邦さんと一緒に海外を旅した頃の何枚もの写真。「これはミラノ。これはシェ・パニースというレストランでね」。岩田さんの懐かしむ言葉一つひとつに深くうなずく小川さん。
見つめる先には、大切に映像として残された写真のなかの、色あせない友情。アンリなティータイム、第二話のはじまりです。

作家 小川洋子さん × ロック・フィールド会長兼社長 岩田弘三さん

  • 小川洋子おがわようこ

    image

    1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年「博士の愛した数式」で読売文学賞・本屋大賞受賞。2006年、芦屋を舞台にした「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞受賞。物語の中に『洋菓子店“A”のクレープ・シュゼット』が印象的に登場する。

  • 岩田弘三いわたこうぞう

    image

    1965年に料理店を開業後、欧米のデリカテッセンに衝撃を受け、1972年に総菜事業のロック・フィールドを設立。「RF1」「神戸コロッケ」などの店を全国に展開、「デパ地下」の文化を根付かせたことで知られる。兵庫県出身、芦屋市在住。

第二章正しいと信じた方向へ光をあてて

小川
事前にロック・フィールドさんのことを調べて驚いたことがあるんです。アンリ・シャルパンティエのフィナンシェは、アーモンドの風味をよくするために生地にまぜる直前に皮をむいて挽くそうですが、“神戸コロッケのジャガイモ”も、工場で調理する直前にむいて、しかも芽を一個一個、人の手でとっていらっしゃる。ああ、おんなじだと思いました。
岩田
そうなんです。たとえばゴボウも香りのものですから、土付きのまま仕入れて、直前に洗って皮をむくんです。皮をむいてしまったものを仕入れるより、素材の味を大切にできますし、そこに一番価値があると思っていますから。
小川
知らなかったんですが、ジャガイモは収穫しやすくするためでしょうか、茎と葉の部分を薬剤でわざと枯らせる方法もあるそうですが、それもなさらないと。
岩田
枯らして取り除かないと手間がかかりすぎてジャガイモは掘り出せないんです。だけどオランダでは薬剤をやめて機械で処理しているのを知りましてね。それでも時間はかかるんですが、その機械を北海道の農家さんに寄付して「これを使ってください」と。またそのジャガイモが大変いいものなので、冬の間は雪でつくった“かまくら”で鮮度よく備蓄することもはじめまして。
小川
神戸コロッケのジャガイモ一つが、そこまで丁寧に扱われているとは感動的です。わたしたち消費者はどんなに手間がかかっているかをむしろ感じないで、おいしいと思う一瞬だけを安心して受け取っている。でもじつは、見えないところで一生懸命に、正しい方向へ光をあててくださっていたんですね。もう一つ印象的だった言葉は、『商売は、単品ど迫力』です。
岩田
ああ、まさに“フィナンシェ”がそうです。大先輩のモロゾフの松宮さん(元・モロゾフ(株)社長)がおっしゃった言葉で、「おれのところのプリンは『単品ど迫力』なんや。岩田もなにか考えろ」と。それで1989年にできたのが神戸コロッケですが、フィナンシェもまさにそう。なんといっても“ギネス”をとるくらいの価値を育んでこられたわけですから。
image
小川
そうですね。ともに“単品ど迫力”でありながら、これだけ長く愛されているということは、飽きが来ないということですね。
岩田
そう。飽きられてしまうような余分なことはしていないんです。

ただ、おいしくつくること。
おいしいうちに届けること。
発売から40年余り、フィナンシェは
年間販売個数でギネス記録を達成。
日持ちする商品でありながら、つくった翌日にはお客さまへ届くようにもなっている。

image
岩田
神戸コロッケも、おかげさまで人気商品になりましたが、うまれた理由はもう一つありましてね。じつは発売する前年の、ちょうど上場を計画していたときに、わたしたちの工場が大事件をおこしてしまったんです。当時の排水処理は、行政でなく自社でしていたんですが、12月の繁忙期も済んだ頃、汚水を誤って流してしまい、新聞やテレビが『グルメ会社が垂れ流し』と。
小川
大事なときに一大危機が訪れていたんですね…。
岩田
それで上場計画も中止になり、名誉挽回しなければと松宮さんからも指導いただいたなかで、今はこの神戸コロッケをしっかりとやりあげようと。大きな失敗でしたが、それがバネになりましてね。神戸コロッケがうまれて、“健康、安全、安心”だけでなく、“環境”も極めて大切にする会社になったんです。
小川
大変なことを乗り越えると、後々には「あのおかげで」ということにつながるものですね。
岩田
本当にそうです。その後に世間では“狂牛病”という大変な問題がおきましたが、あれがあったから今日の安全の価値がうまれて、そうして“食と健康の時代”もやっと来た。今じつは、新しいサラダをつくっていましてね。根菜や栄養のつまった茎をオーブンなどで“加熱”するサラダです。いい野菜も“生”だと一日に必要な350グラムはなかなか食べられないですが、これだと十分に食べられる。なんとか、フィナンシェに負けないようなものをつくろうと(笑)。
小川
つねに何か違うことができないかと考えていらっしゃるんですね。新しく商品を出されるときは、やはりご試食もなさるんですか?
岩田
ええ。毎日5品くらいは。幸いにも野菜が中心なので。
小川
5品も…! そんなにご試食もされながら、素晴らしいプロポーションでいらっしゃって。
岩田
一時期はいかにも不健康な体型だったんですが、じつはダイエットしまして(笑)。会社も健康を大事にしていますからね。太っていた頃の写真もお見せしましょうか? そのかわり、見たらどうか忘れてください(笑)。

岩田さんのオフィスに飾られていた写真。
そこに込められた思いとは。
To be continued.

トップへ戻る