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Lettre de Paris

「パリからの手紙」では、さまざまな角度からパリ「衣・食・住」情報を毎月お届けする予定です。

魅惑の蒸留酒

帰ってきた“緑の妖精”

フランスには、1915年から製造が法律で禁止されていた“禁断の酒”がありました。100年近い時を経た2010年12月、禁止法の法律が撤廃され、今年5月から、製造が再び始まりました。

このお酒とは、アブサントAbsintheのこと。アブサントとはニガヨモギの意味ですが、ニガヨモギとグリーン・アニス、フェンネル(ウイキョウ)などのハーブを原料とする蒸留酒も、同じくアブサントと呼ばれました。アルコール度数は70%前後ときわめて高く、淡いグリーンが一般的。アブサンと呼ばれることもあります。

もともとはニガヨモギを元にした薬でしたが、18世紀終わりにスイス人医師が薬の蒸留法を開発したといわれています。1797年、現在のペルノー社の創設者であるアンリ=ルイ・ペルノーが、製法を買い取り、商品化。1870年頃には、アブサントはフランス人がもっとも愛飲するアペリティフとなりました。

1世紀近くも禁止されていたのに、名前を聞いたことがあるという方も多いかもしれません。それは、19世紀の文学や美術の作品にアブサントが多く登場していたからでしょう。もっとも有名な作品は、カフェの片隅に座る男女を描いたドガの絵画「カフェにて、またはアブサン酒」(1876年、オルセー美術館蔵)。画家マネも詩人ランボーも、アブサントを飲む人を題材にした作品を発表しています。

しかしどの作品も、どちらかというと暗くて、退廃的な雰囲気ばかり……。というのも、19世紀後半、アルコール度数が高く安価だったアブサントを飲みすぎる人が多発したのです。製造を取り締まる規則もなく、質の悪い商品も出回っていたようです。また常飲すると、ニガヨモギに含まれる成分のひとつツヨンが、神経系統に障害をもたらすことが分かったこともあって、ついに1915年、政府による販売中止にいたったというわけです。

製造が禁止された後、アブサントのレシピを改良して、代替品として誕生したのが、パスティスPastisです。パスティスとは「似せる」というフランス語が語源だそう。パリのカフェでも気軽に飲めますし、南仏の夏の風物詩にもなっています。ニガヨモギは使っておらず、スターアニスやフェンネル、レグリース(甘草)などが入っています。

一方、1988年にはツヨン許容量を定める法律が定められて、アブサント風のお酒も造られていたようです。ただし、「アブサント」と名づけることは許されなかったため、アブサントの製造者たちは、10年以上にわたって、アブサントの名前の復活を願い続けていたそうです。

パリのマレ地区にあるアブサント専門店「ヴェール・ダブサント Vert d’Absinthe 」を訪ねると、現在フランスやスイスなどで製造されているアブサントのほか、100年前のアブサントのコレクションもあります。文学に描かれたアブサントに魅せられて、専門店を開いたというオーナーのリュック=サンティアゴ・ロドリゲスさんによると、「製造者によって、ハーブの香りが強かったり、心地よい苦味を強調したり、フルーティーだったり、風味はどれも違います。ワインと同じですよ」とのこと。

ほかのお酒に比べて、とくにアブサントが興味深いのは、飲み方です。「パリでアブサントが味わえるのは、10軒程度」(ロドリゲスさん)ですが、その数少ないカフェ「ラ・フェ・ヴェルトLa Fée Verte」では、昔ながらの飲み方で、10種類以上のアブサントをサービスしてくれます。まず、アブサントをグラスの4分の1くらいまで入れ、小さな穴が開いたスプーンをのせ、その上に角砂糖を置きます。そして、氷水が入った“フォンテーヌ(泉)”と呼ばれる大きなガラス瓶の細い蛇口から、冷たい水を一滴ずつ、たらしていくのです。

最初は何の香りもしていなかったのに、水が落ちるたびに、フェンネルやアニスの香りが、ふわーっと広がってきました。色も白くなって、少しにごってきます。アブサントに直接、氷や砂糖を入れるのは絶対禁止! こうして、砂糖を通して氷水をたらすことで、香りが立ちのぼってくるのだそう。

グラスの半分くらいまで水が落ちて、砂糖がすべて溶けたら、完成。アニスの風味が強くて、すっきりした飲み心地のパスティスに比べると、アブサントは、砂糖が入っていることもあって、フェンネルやアニスの香りとともに、蜜のような甘さも口に広がります。

禁断の酒と長く呼ばれてきたアブサントには、いまも魅惑的な響きが伴います。ぽつり、ぽつりと落ちていく水の雫を見ながら、アブサントができるのを待つ、そんな“儀式”のような時間も、アブサントを特別なお酒にしている理由のひとつかもしれません。ちなみに、「ラ・フェ・ヴェルト」は“緑の妖精”の意味で、淡い緑色をしたアブサントの別名。美しい名前とはいえ、やはりアルコール度数が強いお酒なので、飲みすぎにはくれぐれもご注意ください! 

〈文・三富千秋 / フランス パリ在住 2011年8月〉

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