「焼き加減はいかがいたしますか?」。レストランでステーキなどの肉料理を注文すると、こんな質問をされますが、フランスにはもうひとつ、焼き加減が重要な食べ物があります。そう、主食であるバゲットです。
フランスのパン屋さんは、日本のようなセルフサービス式ではありませんので、順番を待って、店員に欲しいパンを伝えて購入します。何も言わなければ、店員は、手前にあるバゲットから順番に取っていきますが、“ビアン・キュイットbien cuite”、“パ・トロ・キュイットpas trop cuite”などと、バゲットの焼き方を指定することができます。前者は、しっかり焼いたパンで、後者はあまり焼きが強くないパンのこと。バゲットを選んでいる店員さんに、「それじゃなくて、隣の方がいいわ」などと、細かい指定をしている、こだわりの人もよくみかけます。
しかし近年、パン職人がよく口にするのが、「焼きが薄い白っぽいバゲットを好むお客さんが多い」という嘆きの声。それぞれの好みの問題でもありますが、一般的においしいといわれるバゲットは、皮の部分がしっかり、カリッと黄金色に焼きあがって、中の身の部分はしっとり、もちもちしているもの。皮と身の食感の違いも、バゲットのおいしさのひとつでもあります。白っぽいパンを好むのは、「やわらかい方が食べやすい」という理由を挙げる人が多いようですが、パリには、堅いパンを食べる習慣が少ないアラブ系やユダヤ系からの移民が多いため、やわらかいパンを好む人が多いのでは、という意見もありました。

歴史的な背景もあります。フランスでは、小麦が不足していた第二次世界大戦が終わると、小麦粉のパン、さらにはイースト菌でふんわり膨らませたやわらかい白いパンが、豊かさの象徴となりました。伝統製法でじっくり時間をかけ、生地を発酵させて、小麦粉の風味を引き出したパンのおいしさが、あらためて脚光を浴びたのは、90年代になってからのことです。1993年には「パン・ドゥ・トラディション・フランセーズpain de tradition française」、つまり「フランス伝統パン」に関する政令が制定されて、「フランス伝統パン」への添加物や冷凍素材の使用が禁止されました。伝統製法を守るために法律まで制定するというのは、フランスならではですね。

現在、パリのパン屋では、この政令に沿って作られたバゲット・トラディションbaguette traditionによるバゲットが主流。一般的なバゲットより少し価格は高いですが、風味や食感の違いは明白です。
日本でもバゲットはすっかりおなじみになりましたが、皆さんはどんな焼き加減がお好みでしょうか?
〈文・三富千秋/フランス パリ在住〉

